死んだら何も残らない?魂、智慧、カルマはどうなる?

唯物論者は、魂やあの世はなくて、この物質世界のみが全て。死ねば全てが無くなる、と考えています。

果たしてそうでしょうか?

東京大学医学部元教授の矢作直樹さんは、その著書「人は死なない」の中で、人は死んでも魂は生き続ける、と書いています。同じようなことを言う人はたくさんいますし、もともと仏教では、人は死ねば仏になる、とか、悪いことをして死ねば地獄に行く、と信じられてきました。

しかしながら、最近の科学の発達により、全て分子や原子で説明できる、人間は脳というコンピューターの付いたロボットだ、という考えが生物学者の間でも広まりました。つまり、魂などはなく、人は単なる電気信号で動くロボットで、死ねば(電池が切れれば)、後は単なる物質に戻る、という説が広まりました。

これは、最先端の分子生物学者ほど、こういう考えを信じる傾向にありました。その、最先端に身を置いて、救急救命医療をしていた東大教授が、人は死なない、魂は生き続ける、というのですから、それなりに根拠があるのでしょう。

矢作教授は、登山が好きで冬山に登っていたのですが、何度も滑落して奇跡的に生き延びた経験があります。ところが、ある滑落のあと、麓の停留所まで降りたとき、山の方から、「もう来るな」という声が聞こえたそうです。それを聞いて、登山を辞め、研究に集中することにしたそうです。

こうした声を聴いたことのある人もいるのではないでしょうか?心の声、だけど、自分の声ではなく、おそらく指導霊の声なのでしょう。

私も、死んだ父に夢の中で怒られたあと、その夢の中と同じ問題が起きたことがあります。それ以外にも、実験結果を夢に見たら、翌日そのとおりの結果が出たこともありました。

そういう不思議なことがあったので、やはり、超自然的な存在、科学では説明のつかない存在があるのではないかと思います。

そして、魂も肉体が死んでも生き続けると思います。とすれば、「この世は虚仮」と聖徳太子が言ったように、この世界は本質ではなく、仮の世、マトリックスのような世界なのかも知れません。

そして、この世界で得た物質的な富も名声も権力もあの世には持っていくことはできません。全ては仮の世の話ですし。

もし、そうだとすれば、この世界は、単なる仮想現実だから、どうでもいい、といい加減に生きてもよいのでしょうか?

私はそうではない、と思います。確かに物質的なものはあの世に持ってはいけませんが、持っていけるものもあります。それは、智慧とカルマです。魂が肉体を離れるとき、物質的なものは全部おいて行きますが、魂が学んだ智慧と、この世で作ったカルマは一緒にあの世に持っていくことができるのだと思います。

だとすれば、最も重要なのは、魂のレベルを上げることでしょう。イエス・キリストも、例え、この世の全ての富を得たとしても、魂が傷つくなら無意味、というようなことを言っていたと思います。

つまり、一言で言えば、この世界でやれることで最も重要なことは、気づきを得て魂のレベルを上げること、善のカルマを積むことでしょう。それを中心において日々起こることに対処していけば、生きる意味が感じられると思います。